日々感謝。1200kmのへんろ道。【44日目☆結願☆:87番長尾寺~88番大窪寺】

お 遍 路

2020.12.2(水)
香川県さぬき市 晴れ☀ 16/4℃

歩き人たかちです。

ついについに!結願の日を迎えました!

最後までたくさんの感謝を背負って88番大窪寺へ歩きます。今日は、88番大窪寺近くの「八十窪」という宿を予約しました。この宿の夕食は赤飯と鯛の刺身!最後はゆっくりとお遍路話に花を咲かせたいと思います。ルートは女体山経由。自分らしく山を越えて最後のお寺へ。

結願の一つ前。87番「長尾寺」

*以志や旅館~長尾寺:7km*

5時40分起床。いつも通り起床して、いつも通りパッキングして、いつも通り朝ごはんを食べる。結願の日もやることは同じ。

内線で出発を告げ、宿泊費を支払いました。GO TOで¥3,250でしたが、ご主人に「¥1,900です。」と言われる。んん??GO TOでの割引の値段からさらに35%してしまうというお茶目なご主人。洗濯代と合わせて¥3,400。

どのコースで行くのか聞かれ、女体山と答えると「体調と天候がよければ女体山が絶対いい。」と言われました。今日は最高の晴れ☀「行ってきます!」と6時50分に出発。

志度寺の前を通り大きな道路に出ます。山から太陽が出そうで出ない。今日も静かに朝が始まりました。

自転車のお兄さんに「お気をつけて!頑張って下さい!」と、反対車線から応援していただきました。ここはもう結願の街。ただただ前を向いて歩くのみ。

池に差し掛かったところで太陽がようやく顔を出しました。

この辺りは「オレンジタウン」というらしい。近くの駅もオレンジタウン駅。

休憩所ではく喫煙処らしいけど・・・

この週刊雑誌たちはいつのものだろうか。

50分くらい歩くと「はぎ地蔵休憩所」という小屋がありました。飯田農園という場所の敷地内。

中に入ってみるとお地蔵様が。その下が座れるようになっていて、雨風凌いで休憩できます。足元は砂。

手前10分くらいの場所にはコンビニもあるので、野宿できなくもなさそう。

香川県の野宿は公園がメインになりそうな雰囲気で、野宿のMさんも適地が見つからず苦労していました。高松市手前では一宮寺近くのへんろ小屋で、志度寺近くでは結局志度駅で寝たそう。

志度寺近く?には、大学生が作った善根宿があるらしいのですが、納経所で交渉したところ「掃除していないから」と頑なに断られたとのこと。「掃除します!」と粘ったそうですがダメで、仕方なく駅で寝て、次の日掃除のおじいちゃんが優しく起こしてくれたそうです。

一宮寺の日は近くのへんろ小屋が見つからず夜まで彷徨い、ドラッグストアでおつまみとやけ酒を購入。買い物の間ザックを外に置いておき、戻るとザックの上にチョコレートが置かれていたと。なんて粋なお接待。疲れ果てた精神でこんなの見たら涙が出ます。

朝晩はかなり冷え込むようになっていますが、それでもテント無しで野宿をやり通すMさん偉いなあ。

いろいろな場所に大窪寺が出ています。

長尾寺の奥の院の前で説明版を読んでいると、Yさんが追い付きました。ここから一緒に歩いていきます。

Yさんのザックにも、途中途中でもらったというストラップなどがいくつか付いていました。Yさんも想い出いっぱいで歩いてきたんだ。

綺麗な空気の田園風景の中を歩き到着。

【 87番 長尾寺 】

本尊:観世音菩薩
宗派
:天台宗
開基
:行基(創建:739年)

高松から伸びる琴電の終着駅「長尾駅」の近くに建つ長尾寺。広々とした境内は地域のコミュニティーの場にもなり「長尾の観音さん」と親しまれています。本尊は幾多の災禍を逃れ今に伝わります。行基が刻んだとされますが、寺は聖徳太子の開創と伝わります。その後弘法大師が訪れ、五穀豊穣、国土安穏を祈念しました。護摩修法を行い、人々に護符を授けたといいます。天正の兵火で堂宇は焼けてしまいますが、慶長年間に復興。その後も堂塔が寄進され伽藍を整備しました。堂塔や仁王門は元禄頃のもの。大師の年頭七夜の祈願が今も受け継がれ、毎年1月7日に「大会陽」が開催されます。また、護符を投げ与えたという話にちなみ、福餅を投げ、160㎏の大鏡餅の運搬競争も行われます。

参照:四国お遍路88ヶ所歴史読本
著者:株式会社エディスタ

広い境内には2人だけ。

本堂

大師堂

それぞれのペースで参拝します。静かないい朝。

残すは88番大窪寺となりました。納経を終えたYさんはベンチに座ってぼーっとお寺を眺めていました。「静かなお寺ってやっぱりいいね。」と。

長尾寺のトイレはとても綺麗で、手洗い場には石が敷き詰めてあるお洒落な感じ。

さあ、最後のお寺へ!

四国八十八ヶ所遍路大使455号!

*長尾寺~前山おへんろ交流サロン:5.3km*

長尾寺を後にしてだんだん街から離れていきます。

県道3号では猿の大群が次々と道路を横切って行きました。一体何匹いたのか。

大窪寺の前に「前山おへんろ交流サロン」に寄ります。ここでは、歩き遍路と自転車遍路の人はバッジと四国八十八ヶ所遍路大使任命書をもらうことができます。

前山ダム。秋の色。

サロンに到着。

女性の方に任命書の発行をお願いしました。出発日や何番から歩き始めたかなど、簡単に書類を記入して発行してもらいます。

お茶とお菓子をいただきました。

お接待のお菓子、手作りのティッシュケースとマスクまで!記念にいただきました。

大窪寺までのルートは3つあります。交流サロンには、写真で山道や岩場などのコース状況をまとめたファイルがあり、丁寧に解説してくださいます。

  • 来栖神社→女体山経由
  • 多和神社→女体山経由
  • 国道377号経由

本来のへんろ道は国道経由です。

来栖神社と多和神社は女体山への山道の少し手前で合流します。来栖神社経由の方が山道が多く、多和神社経由は女体山山頂1kmちょっと手前までは舗装道。

どちらがおすすめか聞くと「来栖神社の方は最近スズメバチの巣が見つかって駆除中だから、多和神社の方を歩いてほしい。」と言われました。山道多めで行こうかなと考えていたので聞いてよかった。

国道の場合は、距離は伸びますがただただ緩やかに登って行く感じ。早いのは国道経由。

館内は四国の模型や、お遍路の歴史の展示など充実した内容。ここでお遍路のことを深く理解できます。

時間があるので、ここでおにぎりやドーナツを食べてエネルギー補給。居心地がよくて1時間くらいいました。

任命書もしっかりいただきました。ザックに入れていたらちょっとしわくちゃになってしまった・・・

四国八十八ヶ所遍路大使455号!

歩き遍路のバッジはえんじ色。自転車は緑です。

「結願の道」本当に最後の道、出発です。

くっきりすっきり。女体山日和

*交流サロン~女体山:7.3km*

大窪寺がもう目と鼻の先になりました。10kmもありません。

Yさんは交流サロンで予定通り国道を行くか、やはり山を行くか迷っていましたが、結局国道で。女体山からの下りはほとんど階段で、膝がきついとのこと。

「では、大窪寺で!」と分かれて、最後は一人歩き。

交流サロンの向かいには「道の駅ながお」があります。なんとなく寄ってみました。小さめの道の駅。

おばちゃん2人組に「ずっと歩いてきたの?頑張って!!」と背中を押されます。

多和神社への道は交流サロンから2つ目のバス停「山王」から国道を外れます。「1つ目のバス停で曲がると来栖神社経由になるから気をつけてね!」と念を押されました。

山王から林道へ。

一本道に民家がポツポツ。多和神社の前を通ります。

緩やかに登っていましたが、神社を過ぎたあたりから傾斜が少し増していきます。

へんろシールと矢印に導かれるのもあとわずか。

「昼寝城」というものがあるらしい。

引き続き舗装道の坂を上がります。傾斜がさらに増します。

右手に女体山への登山口がありました。「下を見て歩いていると、たまに見逃す人がいるから右を見ててね!」とも、サロンで言われました。

そのまま林道を上がっても大窪寺へ続いているので迷子になることはありませんが、かなり遠回りになります。

最後の山道。大窪寺まで2kmちょっと。山を越えて結願というのはいいですね。87番のすぐ近くだったら拍子抜けだったかも。

一歩一歩減って行くへんろ道をゆっくりゆっくり登りました。

道は明瞭。

途中で車道を一度横切ってまた山道になります。

車道を横切ったあとは階段多め。普段なら、うげー階段か…と思いますが、今日は全てが感慨深い。

ベンチが出ました。この先から岩場です。

傾斜が一気に急になります。

ロープなどはありません。三点確保で登って行きます。

振り返りとこんな感じ。急です。下りは特に注意。

最後だけ手摺がありました。

そして、女体山のビューポイントに到着!

山頂はこの先で東屋がありますが、ここが一番の絶景。突き出た岩の上でたっぷり休憩します。

素晴らしい景色。地元の方が、口を揃えて女体山を勧める理由はこれ。

女体山は霞んだり、ガスったりが多いようで、遠くの方まで見える日はそんなに多くないといわれました。今日は最高の女体山日和!悔いなく大窪寺へ行けます。

あの街も歩いてきたんだな~と、ここまでを振り返りながら1時間半滞在。女体山が最高過ぎて動けませんでした。誰も来ないし。

初めてのロングトレイルでスペインを歩き終えたあと「これからどうなるのだろう…」と思いましたが、それをきっかけに様々な場所を歩き、アウトドアメーカーに就職。再び長期のロングトレイルを歩くために退職しましたが、間違った選択ではなかったとここではっきり思います。スペインを歩いて人生が決まり、今は何も悩まない。

“歩き続ける”

どこを歩いても、これが最終的な答え。

結願。88番「大窪寺」

*女体山~大窪寺1.5km*

14時を過ぎたので重い腰を上げて下山へ。

広くはないこの山頂スペースに東屋を建てるところがお遍路らしい。お遍路を歩いて、屋根のありがたさをまざまざと感じました。

聞いた通り、階段が多い。けれど、登りの岩場を除いて、下りの方が山道らしいと思いました。

大窪寺400m手前には展望休憩所があります。ここから大窪寺が見えました。ついに到着してしまう。

さらに300m手前には奥の院への分岐もありました。最後くらい言った方がいいかな?と思いつつそのまま下りました。

そして・・・

88番大窪寺、到着!!!

山からの道は納経所の真横に出ます。最後なので仁王門から入りなおしました。

【 88番 大窪寺 】

本尊:薬師如来
宗派
:真言宗
開基
:行基(創建717年)

讃岐山中の中、標高450mの場所に建つ大窪寺。717年、行基がこの場で霊夢を感得し、草庵を建てて修行したとされます。816年には弘法大師が近くの胎蔵ヶ峰という岩窟で虚空蔵求聞持法を修しました。薬師如来像を刻み堂宇を建立したとき、唐の恵果和尚より授かった「三国伝来の錫杖」を納め、「大窪寺」と名付けたと伝わります。本尊の薬師如来は薬壺を手にした通常の姿ではなく、法螺貝を持っています。これは、人々の悩みや厄難諸病を吹き払うためとされています。お寺は女性の入山を早くから認め「女人高野」としても栄えました。幾度となく災禍に見舞われましたが、その都度人々の支えなどで乗り越えてきました。

参照:四国お遍路88ヶ所歴史読本
著者:株式会社エディスタ

大窪寺はさすがに賑わっていました。平日ど真ん中の水曜日ですが、車での参拝者も結構います。

いつも、納め札は前日の夜に記入して準備していましたが、88番はその場で書こうと思い、感謝の気持ちを込めて記入。

本堂

四国のみなさん、道中お会いしたみなさん、家族…本当に、ただただすべてに感謝。このあとの高野山も無事に歩けるよう合掌。

大師堂へ向かうと、近くのベンチにYさんがいました。すでに宿へ行ったと思っていましたが、1時間以上ここでぼーっと振り返っていたとのこと。「さっきまで団体がいたけど、やっぱり静かなお寺はいいよ。」と。大師堂の方は静かでした。

お互いに「結願、おめでとうございます。」と交わし参拝。

大師堂

納経所はいつも通り。「お疲れさまでした。」と一言付け加えてくれました。

大窪寺には「寶杖堂」という、結願後に菅笠と金剛杖を奉納する場所があります。毎年春と夏に供養されるとのこと。奉納料は各1000円

Yさんは迷っていましたが、とりあえず高野山まで持って行くとのこと。

大窪寺には明日の朝一にも来られるので、宿へ向かいました。

元気なおばあちゃん。「八十窪」

八十窪は88番の場所にある唯一の宿。86番から歩き始め、88番で結願してそのまま山を下るのは忙しないし、その場合は30kmオーバー。さすがに最終日にその距離をそそくさ歩く気にはなりませんでした。

87番からなら無理はないと思いますが、87番周辺の宿はコロナで休業していると聞きました。女体山はあの景色だし、この宿のおばあちゃんが元気いっぱいで、昔のへんろ話をたくさん聞かせてくれるので、88番ストップはおすすめです。

宿は、88歳のおばあちゃんと娘さんで営まれています。中へ入るとおばあちゃんが迎えてくれました。電話での予約もおばあちゃんが対応してくれたのですが、88歳とは思えないほど喋りははっきりしているし、耳も遠くない。

以前、自損事故で九死に一生を得たとのお話を聞きました。車はペチャンコ、誰もが運転手はダメだろうと思ったほどの事故だったようです。首の頸椎をやられたけど、神経はギリギリ大丈夫だったとか。

ただ、それがほんのちょっと上か下だったら即死、あるいは寝たきりだったと。はじめは歩けるようになるのも難しいといわれていたそうですが、また歩けるようになり「お大師さまが守ってくれた」と仰っていました。

夕食は17時半からで、それまでにお風呂と洗濯を終わらせました。

待望の赤飯と鯛のお刺身!!

これが本当に美味しくて、美味しくて、赤飯はおかわり。

宿には私とYさんの他、明日から逆打ちをするという男性がいました。2週間ほど歩き、続きを春にやるとのこと。この宿は結願したお遍路さんと、はじまりのお遍路さんの交流の場でもあります。

コロナで初めて緊急事態宣言が出た2020年4~5月は本当に大変だったと。「宿を休むように言われたけど、保証額なんてほんの鼻くそ程度!」とおばあちゃん。消毒や宿泊人数を絞り、コロナ対策を徹底できるのであれば営業してもいいと言われ、ここが休んだら歩きのお遍路さんが困るということで、すぐに営業再開したということ。本当にありがたいお話です。

しかし、経営が厳しく閉業せざるを得ない宿も多いため「これからのお遍路はもっと大変になるかもしれない」とも仰っていました。ただ、こんな状況でも新しいゲストハウスも増えているので、どうかお遍路の文化が絶えないことを祈ります。

おばあちゃんは歩き遍路を2回やったとのこと。初めては16歳のとき。身体が弱かったけれど、嫁入り前に歩かされたと。おばあちゃんの時代はもちろん草鞋で、一日に3回も編みなおして、洗濯はもちろん手洗い。通夜堂などに泊まりながらのへんろ話は壮絶でした。

「香川県は、分岐とか重要な場所にへんろ案内がないことが多くて」とYさんが話すと「香川はアカン!」とすかさずダメだし。確かに香川県では「え、どっち?」と、地図やGoogleを開くことがよくありました。「一番親切だったのは徳島県」ということで万場一致。

元気いっぱい、いろんなお話をしてくれるので本当に楽しい夕食でした。おばあちゃんは「何番さん」と、「さん」をつけて呼ぶところが昔ながらの感じで、とてもいいなと思いました。

結願はしたものの、なんだかふわふわした感じ。でも、女体山からの景色は宝物。2日かけて1番まで戻り、そのあとは高野山へ行くので、気持ち的にはまだ続きます。

たらふく食べて、明日に備え今日もいつも通り就寝。

★本日の歩行距離:21.1km

★累計:1152.7km

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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コメント

  1.  とりあえずの結願、お疲れさまでした。
    大変まじめな遍路日記、楽しく読ませてもらいました。
    文章が簡潔で写真もきれい。
     印象に残った話の一つ、
    「職業遍路は、歯医者に行けないから 歯がない…」
    これは 笑った。

     それから前回 名前の出た「仁庵」、
    ここは遍路経験のある女主人が 手作りの茶華でもてなしてくれる 嬉しい接待所です。

     さて高野山まで、もうひと踏ん張りですね。

    • 通りすがり様
      コメント、嬉しいお言葉、ありがとうございます!

      私も職業遍路の話を聞いたとき、笑ってしまいました。

      仁庵、そのようなお接待所だったんですね。コロナで開いているところが少なかったので、やはりちょっと寄れば良かったと後悔しています…

      高野山まで書かせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します。

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